本記事はこちらの記事の続編です。
六年に渡る運命の石を探す旅が漸く終結しました。
出会ったのはオールドヨーロピアンカットのダイヤモンド、アンティークの石です。
この石は一体どんな世界を見てきたのでしょう。
前の持ち主はどんな方だったのでしょう。
そして、オールドヨーロピアンカットなのに、何故薄型なのか…
それには現代の宝飾の常識では予想ができない理由がありました。
そんな私の愛してやまない石について、もう少し掘り下げてここに記してみようと思います。
アンティークカットやヴィンテージカット、または2ctのダイヤモンドをこれから探される方のヒントになれば嬉しいです。
ダイヤモンドの原石のかたち
ダイヤモンドの原石のかたちは幾つかあるのですが、現代のラウンドブリリアントカットやオールドヨーロピアンカットなどの丸いルースは八面体の原石から切り出します。
なぜかというと、そうするのが一番効率がよいのです。
図解しますと解り易いのでこちらをご覧ください。
この図のように、現代のラウンドブリリアントカットは原石から大きなルースと小さなルース、合計二石のルースを取ることができます。
ダイヤモンド産業というビジネスの話で考えると、二石取れる手法を選択するのは当然といえるでしょう。
そしてこちらの図はオールドカット、オールドヨーロピアンカットやオールドマインカットのような昔のカットですね。
こちらは、大きくて厚みのある石を一石取ることができます。
このように考えると、現代の手法と比べて随分と贅沢な方法でルースを取り出していることがわかります。
なるべく原石のサイズを小さくしないよう職人がカットすることが最優先事項、これは現代と同じですね。
つまりそれは原石の八面体がどのようなバランスだったのかが仕上がりのバランスにも影響してくるのです。
オールドヨーロピアンカットと聞けば、通常はこのようなバランス【クラウンとパビリオンに厚みがある個体】をイメージする方がほとんどでしょう。私もそうでした。
しかし私のオールドヨーロピアンカットは、クラウンとパビリオンに厚みがないのです。
これくらい薄い
右がオーソドックスなオールドヨーロピアンカット(1.5ct)、左が本記事で取り上げている私の石(2ct)です。
とっても平たいことがお分かりでは無いでしょうか?
もしかしたらこれは、現代のラウンドブリリアントカットと比べても薄いのかもしれません。
この石のサイズはこちらの通り、8.36-8.61×4.49mmです。
現代のラウンドブリリアントカットの2ctの直径は8.2mmほどと言われていて、2.1ctで8.34mm、2.35ctで8.66mmだそうです。
と言うことは、私の石はオールドヨーロピアンカットなのにも関わらず、現代のラウンドブリリアントカットよりも薄く場面が大きいのです。
そして現代のラウンドブリリアントカットの2.1ct〜2.3ctほどのボリュームを楽しめる石、と言えます。
↓参考
偶然がもたらす美
この事について、店主様に質問してみましたらこのような回答でした。
「この時代は、カットする際に職人が意図的に浅くカットしたり深くカットしたりということではなく、原石にのかたち合わせてカットして、その中から輝く物を探すといった感じです。
現代のやり方ですと、角度などを完璧に計算して理想的な形に近づけますが、オールドヨーロピアンがカットされていた頃はその知識も技術もないので、職人の感覚と原石の形という偶然性で輝く石ができるという感じです。
このような事情があったため、アンティークのカットは個性の幅が広いんです。」
という事は私のダイヤモンドは薄型の原石から切り出されたのだろうそのような推測が出来ます。
オールドヨーロピアンカットの時代にこの薄型のルースがカットされた事、それは人間が全てをコントロール出来る訳ではなかった時代に偶然に生み出された結果です。
薄型のルースは透けるのではないのか?
そしてこの時感じた疑問がありました。
薄型のダイヤモンドルースは透ける、もしくは白っぽく奥行きがない輝き、しらけた感じなるのではないのかという事です。
こちらの動画で詳しい解説をしているのですが(私のMacintoshだと日本語字幕がつく)左が薄くてカットが悪くて全然輝かない(照り輝きが弱い)オールドヨーロピアンカットで、右が現代にカットされたオールドヨーロピアン風のカット(オーガストビンテージオールドヨーロピアンという名称だそうです)との事です。
比べてみると、右は圧倒的に光の跳ね返しが強いですよね。
動画の中に出てきますが、横からのアングルを見てみると左はとても薄型です。
しかし私のダイヤモンドは、薄型の左の石に近い姿なのに、右の石の輝きに近いように感じるのです。
これを見て「私のダイヤモンドはなぜ強い光を発するのだろう?」そういった疑問が湧きました。
こちらについても質問してみるとこのような回答を頂きました。
「一般的な色石は薄いカットだと透けますが、ダイヤモンドは屈折率が高いため、ある程度までは透ける事はありません。
また、深さがない石に対してはテーブル面を小さくとることで輝きが増すのですが、こちらのテーブル面が小さいのはその辺りが計算されているためですね。
逆に、カットが深すぎる場合は全体が暗くなるので、テーブル面は広くとると輝きのバランスが良くなります。
個人的には輝きのバランスが良いと感じますし、現代のカットにはない不思議な魅力を持つ石だと思いますよ。
アンティークカット好きな方は、この小さいテーブルを好む方が多いような気がします。」
このような回答でした。
奥が深くて、わくわくが止まりません。
私の個人的な好みの話
今までに幾つかのダイヤモンドを蒐集してきて、自分の好みが少しずつ分かってきました。
私はダイヤモンドをテーブル面から見た時の奥行き、奥行きによる輝き(?)これが好きなのだろう、そう思っておりました。
ラウンドブリリアントカットよりもお尻が大きくなりがちなクッションカットの、深く細かい溢れ出すような煌めきが好きなのです。
↓この記事の挿絵的な写真が奥行きあるクッションカットです
ですから、この薄型のダイヤモンドルースは、実物を見た時に私にとってどのように感じるのか…つまらない石に感じてしまうのだろうか、という不安が強くありました。
(graffがカットしたダイヤモンドならどんなカットでも美しいのでしょうね…)
成熟されてくると価値観の器が拡がる
この目でルースを見た第一印象は
「好みのルースではない。」
という事でした。
ただし、つまらない石どころか今までに見た2ctのラウンドブリリアントカット、そのどれよりも美しかったのです。
ダイヤモンドを見る時に、女性は日によって視点が変わると聞いたことがあります。体調や天気によって、女性の目はどこを拾うかが違うそうなのです。
私は店主様にお時間をいただき、日を変えてゆっくりと観察してみる事にしました。
すると矢張り、日によってちょっとずつ感じ方が違うのです。
眺めて三日目、私の中でわかって来た事があります。
それは、
「今まで見てきたダイヤモンドと、そもそものモノが違うのかな。」
という事です。
ダイヤモンドって、ブリリアントカットらしさとかオールドカットらしさとか、そういう観点ってあるのでしょうけれど、このルースは何だかどれにも当てはまらないんですよ。
ブリリアントカット・ステップカット・ローズカットなど、カットスタイルが違うルースを見比べて優劣をつける事はない、それと似たような意味合いで、このルースと何かを比べてどちらが優れているか劣っているかをジャッジをするのはナンセンスではないかと思ったんです。
強いて言えば…今までに見たダイヤモンドで例えるならば…
ピカーっと出る大きな虹色はステップカットのそれに近い気がするし、ウルウルっとした輝きはローズカットみたいだし、細かい煌めきが溢れてくる箇所はブリリアントカットみたい…
私が好きな奥行きのある輝きはこのルースからはあまり感じないけれど、そのほかの多種多様な輝きがブレンドされた美しさが唯一無二なのだ、そう強く感じました。
そしてこのルースは偶然に薄くカットされたオールドヨーロピアンなのです。
いつかこのルースの良さがもっともっと分かるようになった日には、もうご縁がないでしょう。
ただでさえアンティークのダイヤモンドは数が少ないのに、その中でも一般的でないものは一期一会…しかもこのサイズですからね…
ヒトの感覚が成熟されてくると、より多くの価値観に共感し寄り添う事ができるようになります。
ダイヤモンドの美しさについても様々な視点があり、それを多岐に渡り理解し自分の感覚に落とし込んで行くためには、少し時間が必要だったんですね。
店主様が私を焦らせる事なく静かに待っていてくださったので、この事を理解し言語化出来るまでの三日間、集中して観察することができました。有難いことですね。
恋焦がれて漸く出逢えた運命の石はオールドヨーロピアンカットでした
私の運命の石は偶然が重なり合う形で産まれ、様々な人の手を渡りながら美しい姿を保ち、私の手元にやって来ました。
この石のサイズや輝きを考えると前の持ち主は貴婦人…はたまた宝石好きな紳士だったのか…石の歴史に思いを馳せることも愉しみの一つです。
そしてこの石は前はどんなジュエリーにセットされていたのだろう…そんな事を考えてみると、私はどのように仕立てようかと思いが膨らんで胸がいっぱいです。
先日、この石はお見積りの為に大阪へ旅立ちました。
この素晴らしい宝物が、それに相応しいドレスを纏う為には…まだまだ冒険が必要でございます。
(続く)