バスの車内は酷く混雑していた。
私はドカドカと車内に乗り込み、慌てて傘を畳むと、優先席の上部にさがる吊り革につかまった。
私の前には、二人の小柄なおばあちゃまが横並びに座っていた。
その二人は知り合いなのか…いや会話をしているからと言っても知り合いなのかは分からないものだ。
ただ二人は、親しそうに話をしていた。
右側に座っているおばあちゃまは、左手の薬指にサファイアの指環をしていた。そのサファイアには、ダイヤモンドが並ぶ一文字リングを重ねていた。
私は少し、この年代の女性が濃紺のサファイアの指環を好むのは意外だなと感じた。
長いこと宝石を売る、ある宝石店のお爺さんは、サファイアは地味だから人気がないんだよね、と言う。
「赤や緑の石はお年を召したお客さんにも人気があるんだけど、サファイアはちょっと地味ね、なんて言われちゃうんだよねぇ。」
だから、そのおばあちゃまの指に上品に輝く指環を見つけた瞬間、私はとても嬉しくなった。
サファイアが地味で似合わないことなんてない、なんて美しいのだろうと。
そしてサファイアとダイヤモンドの枠を見れば判ること、それはおばあちゃまが若い頃に入手したお品だろうということである。
サファイアは、アールデコのような直線的で古めかしい枠の爪の高い位置に、チョコンと留められていた。
ダイヤモンドは、きっちりと五石が並ぶ、背の高い一文字リングだった。
長いこと大切に身につけてこられたのだろう。この二本の厚み分、指の形が馴染んでいるようだった。
「あら、降りるところじゃない?」
そう、もう片方のおばあちゃまに促されて、おばあちゃまはバスを降りて行った。
私はふっ…と我に返り、自分の薬指を見詰めた。
(おしまい)